東京高等裁判所 昭和42年(ネ)804号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、Ⅰ琺瑯株式会社に勤務していた被控訴人が、昭和三一年頃A工業株式会社に入社して、その化工機部長となり、昭和三十三年十二月一日開発部長に、昭和三十四年十一月八日開発部長兼取締役に就任したこと、被控訴人がその在職中に、別紙目録記載の各登録実用新案を考案し、被控訴人名義で登録出願して登録を受けたが、右登録出願の費用および登録料は、すべてA工業が負担したことは、当事者間に争いがない。
二、控訴人は、被控訴人とA工業との間に右各登録実用新案について、A工業の請求があつたときは、その登録名義を被控訴人からA工業に移転すべき旨の黙示の契約があつたと主張するが、本件のすべての証拠を検討しても、そのような事実を認めることはできず、かえつて、当審証人Wの証言、ならびに原審および当審における被控訴人本人尋問の結果によると、A工業の親会社にあたるN琺瑯株式会社においても、従業員のした発明考案はその個人名義で登録されていて、その従業員が会社を退職した後も、登録名義を会社名義に移転したようなことはなかつたこと、被控訴人がA工業に入社して間もない頃、当時A工業が販売していた琺瑯浴槽について、被控訴人がかねて研究して得た考案につき実用新案登録の出願をするに際し、A工業の常務取締役であり事実上これを主宰していたWと話し合つて、登録出願手続は従前からA工業の仕事をしていたU弁理士に依頼し、そのための費用およびその後の権利維持のため費用はA工業が負担するが、登録を受けた考案についてはA工業が無償で実施すべきことを約定し、その結果、本件各考案の実用新案登録が被控訴人名義でされたこと、被控訴人は現在までその対価とみるべきものは受領していないことを推認しうべく、当審証人Wの証言中、これと抵触する部分は信をおきがたく、他にこれを左右するに足る証拠もないから、前記のような黙示の契約が成立したとする控訴人らの主張は、理由がないものというほかはない。
三、控訴人は、また、本件各考案は被控訴人の職務考案に属する旨主張するが、原審証人T、当審証人Wの各証言、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、A工業は、昭和二十八、九年頃、それまで主に酒造用琺瑯タンクを製造販売していたW琺瑯株式会社が、製品分野を拡げて、琺瑯製の化学機器、浴槽などを製造するについて、その販売を主として取り扱う会社として設立された、いわゆる販売会社であつて、生産会社ではなく、一方、被控訴人は、旧東京美術学校工芸科を卒業し、A工業が設立された頃はⅠ琺瑯株式会社に勤務していたが、A工業に化工機部長として入社するに際しては、同じくⅠ琺瑯株式会社に勤務していた技術者である義弟のSを伴つて来て、化工機部長として浴槽を主とするN琺瑯株式会社の製品の販売に従事し、開発部長に就任してからは、市場開発、販売企画などに従事するとともに、関係会社であるE工業、N工業、D化工機等の経営にも助言していたが、これら職務のかたわら、かねて興味をもつていた琺瑯製和風浴槽の研究を行ない、W取締役と相談して、試作を要するものはN琺瑯株式会社に試作してもらつて研究を重ねた結果、本件各考案を完成したものであることを認めることができる。原審証人T当審証人Wの各証言中、以上の認定に反する部分はいずれも採用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠はなく、右認定の事実に、前項認定の事実を合わせ考えると、本件各考案は、A工業の業務範囲に属するものとはいえても、被控訴人の職務に属するものであつたとはいえないことが明らかであり、したがつて、本件各考案をもつて被控訴人の職務考案とすることはできないものというべく、控訴人のこの点の主張も理由がない。
四、されば、本件各考案について、控訴人主張のような黙示の契約が成立していたこと、または、それらが被控訴人の職務考案であることを前提とする控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由のないことが明らかであり、これを失当として棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。よつて、これを棄却する。(三宅正雄 荒木秀一 石沢健)